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2008年02月29日

大和ハ神国ニテ

1月6日
大和国興福寺別会五師釈迦院寛尊、「或人物語」により旧冬(天正9年冬)に織田信澄(「小田七兵衛殿」)が大和国拝領を直訴したところ、織田信長(「上様」)より「大和ハ神国ニテ往代ヨリ在子細」というので「無用之訴訟旨御気色」であったため重ねての懇願を止めたことを知る。〔『蓮成院記録』三〕

http://www.cyoueirou.com/_house/nenpyo/syokuho/syokuho16.htm
より転載しました。

この「蓮成院」の文書は活字になってて、図書館に行けば読めると思うので、今度改めてコピーしてまいります。
手元から消えてしまったので。

この史料ではどこの誰から聞いたと詳細が書いていないのが難点ですね。
さて、信長はどの程度、本気でこんな事を言えたのか。
posted by taigon at 21:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国大和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月28日

ご紹介 公開講座

私の地元でこんな講座があります。


181回天理参考館公開講演会
『ヤマト王権を語る』シリーズ最終回
―大和古墳群と中世山城 古墳を壊した人々―

日 :平成20年3月15日
時間:午後1時30分〜(受付は午後1時より)
場所:天理大学付属参考館 研修室
費用:入館料のみ※常設展も見ることができます。(大人400円、小中学生200円、団体300円)
定員:100名

内容
奈良盆地東部の山中(東山内)にはいくつかの山城が知られ、ひときわ目立つのが龍王山城。この城の出入り口付近には中山大塚、黒塚古墳など多くの大型古墳があり、大和古墳群が形成されている。中世にはその古墳群を壊して砦にした人々がいた。その人間像に迫る。

講師:太田三喜学芸員


天理大学付属参考館HP↓
http://www.sankokan.jp/


当日受講するつもりです。
また、結果もレポートしたいと思います。
posted by taigon at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 新着情報&雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月16日

雪の朱雀門

2008_02102-120009.JPG

信長どころか、戦国時代でもなんでもありませんが、
先日、雪の平城京跡をあるきました。

雪の朱雀門は、光を浴びて、まぶしかったです。
posted by taigon at 14:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国大和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月02日

多聞山城からの眺め

先日、奈良町、興福寺、多聞山城に行ってきました。
車に折りたたみ式の自転車を積んで、京終(きょうばて)にいき、そこから、多聞山城までサイクリングしてきました。

この道は江戸期に上街道と呼ばれていた道で、興福寺から桜井市まで続いています。

古代の上ッ道ともつながるようですが、奈良市のほうでは、少しずれているようです。


naramati.JPG


さて、上街道、興福寺、多聞山城は、ほぼ一直線で結ばれています。

このブログでも以前に紹介していますが、
興福寺は、中世大和の守護の立場でその権威を維持し、支配していました。
多聞山城は、そんな大和に侵攻し支配をもくろんだ松永久秀の手によって築城された城です。
また、松永が信長にそむいたために、一時信長により奈良支配の拠点にもなったところで、改築などもされたといわれています。

実際に自転車で移動し見ると、多聞山城は本当に、奈良の寺社勢力にとっては目と鼻の先。目の上のたんこぶという感じでとても目障りです。

現在は若草中学になっており、黙って校内に入るわけには行かないので、その門の前から奈良の町を眺めてみましたが、大仏殿、興福寺五重塔などが見えます。

wakakusa.JPG

信長が正倉院の蘭奢待(らんじゃたい)を切り取りに多聞城に訪れた時は、東大寺大仏殿は、戦火に焼け落ちたあとだった事を考えると、この風景の先に見えたのは、無残な大仏殿周辺の姿だったのではないでしょうか。

daibutu.JPG


よく、松永久秀により、天守閣の元になる高層の櫓が建てられたともいわれていますが、目の前に興福寺五重塔、大仏殿などが見えると、わしもいっちょああいうのを建てるか、と思いたくもなりそうです。

また、興福寺などからも見えたでしょうから、その光景に、抗し難い気持ちがうまれたかもしれません。

koufukuji.JPG

本文で、色々な城や、寺社などを紹介していますが、実際に歩いたりしたところというのは実は少なく、今回もはじめて多聞城跡を訪れました。

こういうイメージを膨らます事が出来たという事は、とても有意義で、大切な事だと思い、今後も続けていかねばと感じた今回の訪問でした。
posted by taigon at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦国大和 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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