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2008年05月19日

松永久秀の研究

先月に、とある方から松永久秀関係の、最近の論文二点お借りしました。

村井祐樹「松永彈正再考」 2006.11 『遥かなる中世』
金松 誠「松永久秀について」 2006.5 『織豊系城郭の成立と大和』

(実は、この『織豊系城郭の成立と大和』は、本ではなくシンポジウムのことで、このシンポジウムには、行きたかったのですが、どうしても時間がとれずレジュメだけもらっていました。そのレジュメだけでは十分にやはり理解はできなかったのですが、小冊子として改めて発行されていたのをお借りして読むことが出来ました。)


まだ、ざっと目を通しただけでじっくり検証してませんが、とても丁寧な仕事をされています。
資料(史料)が豊富で、松永久秀を研究するなら必ず手元においておくといいでしょう。
また、戦国大和、織田信長研究の方も、必読です。


さて、金松氏の方から2,3メモを残しておきます。

松永久秀の活動の年代を分けて見ますと、4つに分けることが出来ます。
すなわち、
1.三好家の家臣として初めて史料に現れる天文年間(9年)から、大和に侵攻する永禄2年。
2.大和で、多聞城を築き戦国大名的存在として実質支配する永禄3年から永禄11年信長の上洛まで。
3.永禄11年から天正2年多聞城を退去するまで
4.多聞城退去後天正5年信貴山で自害するまで。


簡単に補足すると、
1三好家の一家臣としての久秀。
2都市、京、奈良を支配する久秀。
3織田信長家の大和大名としての久秀。
4まったく実力を失ってしまった晩年。

となります。

この論文はとても面白いので、よく読んで、機会があれば改めて紹介したいと思います。


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2008年05月05日

戦国期の畿内を理解する

三週間ぶりの投稿です。
みなさまご無沙汰しております。

早速ですが、表題。
「戦国期の畿内を理解する」こととは、どういうことか。

いきなり結論からですが、戦国時代の近畿は、現代社会に通じる人間感情が存在しているといえます。


戦国時代ファンの方々は、みな贔屓の武将なり大名なりがいると思います。
当然、オラが国の大将に惚れる人も多いでしょう。

そんな中、近畿の武将のファンというのは、他に比較して、そんなに多くはないと思います。
それはなぜか?

戦国時代が到来しても、機内での武将たちの動きは、前代的な権力闘争を繰り返しています。
つまり、誰が幕府権力を実質支配するか。という点です。

それに対し、地方では、一円支配、領国支配が始まり、一般に言う大名領国制が整備されていきます。
英雄が生まれ、混沌を統一へ向かう力が働いていました。

しかし畿内では、ここにいたっても、旧来の権門の影響が色濃く残っているのです。
朝廷、将軍、寺社。
彼らの影響下で育った武士たちは、一言で言えば「ウマミを得るため」に戦います。

どういうことかというと、
政治経済の中心地であり、貨幣経済が発達し、既得権益があふれ、情報が交錯する先進地でした。
そこでは、「今うまく利益を得るためにはどの派閥につくべきか」が重大な関心事であり、お互いを利用し合い、捨て駒にしていくのが常でした。

室町期では、時々、大内氏などの西国大大名がその武力で、混乱を平定に来たりしますが、領地内での支配体制を固めるのに領国外の事にまで手が回らなくなると、いよいよ畿内での混乱は増して行きます。

将軍足利義輝暗殺に至りその極みに達します。
義輝暗殺に向かうのは、一般には、三好長慶が倒れた後の勢力争いの中、起きたといわれています。
三好長慶が実質的に支配していた時は、新しい体制が訪れようとしていたとも言われています。
しかし残念ながら、その道半ばで病に倒れます。

三好氏は、四国を本拠に持ち、軍事力で細川家の家臣として実力を持ち始め、近畿で影響力を有すことになります。

長慶の代にいたりもっとも繁栄の極みに達しましたが、その死後、実力ある後継者に恵まれず、畿内は再び混乱期に入り将軍が暗殺されるという事態にまで発展したのでした。


長慶は別にして、その多くの畿内の武士たちは、目先の利益に目を奪われて、争いを繰り返し、また、既得権益を横領された旧権門の者たちも、とにかくその時々の実力者に媚びて、権益復活を要望するので、それぞれがそれぞれの思惑にのって暗殺、戦争、駆け引きが頻出し、とても分かりにくい状態を作り出しているのが畿内でした。

まさに、今の国会や経済界のようです。

地方では、一人の実力者により政治機構や流通経済の仕組みまでを合理的に組み替えて、新しく分国法なるものを制定し、排他的支配に乗り出します。
しかし、畿内では、いつまでたっても、新しい支配体制を確立するに至れなかったのでした。


ところが、三好長慶により旧体制が少しずつ切り崩され、その途中で長慶が斃れ、将軍が暗殺されると、大きな政治的空白状態が起こります。

そこに颯爽と現れたのが、織田信長だったのです。
英雄の登場です。


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posted by taigon at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 課題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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