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2010年08月06日

関ヶ原 島津氏の真の退路

今朝の奈良新聞の記事から。

天理大学元教授の平井良朋さんが、先月発行の大神神社広報誌「大美和 119号」で論文「三輪山平等寺と薩摩国島津氏」を発表。
その中で、関ヶ原の戦いで、島津軍が通った退路は名張(現三重県名張市)から奈良県桜井市三輪の平等寺に入り、大阪堺へ逃れた、とする説を述べられた。

元来、信楽町から奈良市内、暗峠(くらがりとうげ)越え(奈良県生駒市と東大阪市の境)で大阪入りと伝承されてきた。


以下記事の内容を一部引用します。

平井さんの説は、彦根市を出た一行は4キロ南の飯道山で一泊。翌日名張を経由して笠間峠(奈良県宇陀市室生区)から三輪山に入り、平等寺へ。山伏の護衛で、島津公のみを竹内峠越えで堺市の商人の元へ送り届けたとする。


記事はその後、論の補足と平井氏の研究の経歴を紹介していますが、webでもでていないので、詳細は今日はやめておきます。


なかなか説得力のある説でしたので、是非機会があれば紹介したいと思います。

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posted by taigon at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 新着情報&雑談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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