トップページ 論文 織田政権と大和 戦国時代ランキング 旅行・地域情報専門
ブログランキング 国内

2009年01月09日

東京大学史料編纂所DBを利用しよう

週一回、週の前半に、安定的に記事を書くのを目標に取り組んできましたが、今月から、月6回程度に更新していくのを目標にしたいと思います。しばらくペースが乱れますが、御了承ください。

さて、今日の話題は、歴史を研究するために知っておくと便利なこととして、東京大学史料編纂所のサイトを紹介します。


この東京大学史料編纂所のサイトでは、史料のデータベース(以下DB)を公開されています。
残念ながら、私がの存在を知ったのは今日です(爆)
リンクはこちら

とある方の依頼で調べていて知ったのですが、このDBは検索であっという間に、『史料綜覧』などの索引を引っ張ってくることができます。
さらに、すべてではありませんが、本文のTIF画像も同時に見ることができます。

私が学生のころは、この東大史料編纂所が進めている大日本史料史料綜覧などを利用して、年表作成のために研究室や大学図書館などに通いつめたものですが、このように便利なDBが公開されていると、検索などが恐ろしいほど容易になります。

まだ、使い方の詳細は理解していませんが、私は試しに「>できごとを主題に」というところから、「大和郡山」で検索してみました。

すると、永享7年から、寛文10年までの史料が索引としてずらっと出てきました。

思わず「おお!」と言ってしまいました。

さて、ここで少し余談ですが、
その一覧の「天正8年3月8日」の項に
「信長、山城山崎、大和郡山に放鷹し、又摂津伊丹城を巡視して、是日、入京す、」とあります。

「ありゃりゃ」と思ってしまいました。
残念ながら、これは大和郡山ではありません。私が卒論の中身を検討していた当初にもこの記事を発見して、「信長が天正8年の春に大和郡山に来てるexclamation&question」と、びっくり仰天して、「これは使える!」といろいろ調べてみたのですが、どう考えても信長の行程に無理がありますよね。
元史料(なにか忘れました ←思い出しました。 「信長公記」天正八年三木城落城の記事の所です。山城山崎から郡山の途中に、天神馬場・太田でも放鷹とあります。)は「郡山」としかないので、前後に山城山崎と摂津伊丹とあれば、当然「摂津郡山」に違いない、ということで卒論で使うのをやめた記事です。

当時の大学の先生が、「当然誰もが見つけて知ってるだろうけれど、一応連絡しとくは」ということを言っていたと思うのですが、まだ大和郡山になっているということは、訂正されないってことでしょうか?詳しいことは私にはよく分かりません。



話を元に戻して、
このDBで、ブラウザ上でTIF画像をプレビューするにはビューワのプラグインなどひと工夫がいるようです。
以下にリンクを張っておきますので、そちらから一度ご確認ください。

http://www.hi.u-tokyo.ac.jp/faq/viewer.html

それでは、注意事項などを守って、有意義な利用をしてください!

にほんブログ村 本ブログ 歴史書へ
役に立ったと思ったらクリックしてください!
【【知っ得】 リンク集の最新記事】
posted by taigon at 12:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 【知っ得】 リンク集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
上記の放鷹の、郡山の記事は、「信長公記」ですね。
Posted by taigon at 2009年01月11日 11:24
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/112365098

この記事へのトラックバック