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2009年09月20日

天地人で岐阜城登場

9月20日の天地人は、いよいよ関ヶ原の戦い。

クライマックスです。


そんな中、ちらっと、前回紹介した岐阜城が登場していました。

これは、関ヶ原の前哨戦で、慶長5年8月23日の、福島・加藤らによる、岐阜城攻めのシーンでした。

守るのは、織田信長の孫秀信。
本能寺の変の後、織田家重臣で開かれた清州会議の時に、秀吉から担ぎあげられ、秀吉の天下取りの道具にされてしまった「三法師」その人です。

さて、結局岐阜城はあっという間に落されてしまい、天地人の映像でも一瞬で燃えてしまって、石原良純演じる福島正則が気勢を上げるシーンで簡単に終わっています。


先日訪れた折に、発掘状況の中にこのときのものとも、稲葉山落城の折のものとも思われる焼け跡の地層がでているという展示があったので、画像を載せておきます。
反射が映っていて見にくいですが、ご覧ください。

岐阜城 (54).JPG


発掘は、歴史的事実を見つけることができる、本当にロマンが感じられる仕事です。
もし、チャンスがあれば現地説明会や、実際に学生さんのアルバイトなどされてはと思います。


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posted by taigon at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月30日

信長私考

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前回から大変長い期間更新しないでスミマセン。

久々に投稿です。


前回お約束していた、天地人の信長の思想、哲学について少しだけ感想を。


先ほど、NHKの天地人のページを見ていたら、いろいろとその辺りの解説もありました。


新時代を切り開くために、世界の大変動に対応するために、信長は大急ぎで日本を統一しようとしていた。
ということを、吉川晃司が言ってます。


時代の流れを見ることが出来る現代人にとって、吉川信長的発想はたやすい事かもしれません。

しかし、当時信長がそこまで見えていたかは、疑問です。見えてなかったと思います。


また、前回紹介した台詞の一つ、「我が民」という、感覚も信長は持ちえたか。


信長は、武将たちに対しては、「我が家臣」という発想は持っていたでしょうが、日本人全体を「我が民」などとは微塵にも感じていなかったのではないでしょうか。

でなければ、あれほどの虐殺は出来ないと思うのですが。


今のところの、私の感じる信長像は、ひとえに「軍事至上主義」に見えます。


今でこそ、エコだの言いますが、つい最近までの日本人が、社会のためや平和のためなどではなく、自分のために金儲けを必死でしていたように。

信長は、民のためになど政策を考えていたとは思えません。
むしろ、軍事力推進のための政策ばかりだったと思います。
しかしそれは戦国時代なら当たり前のことなので、批判することもないのです。



それよりも、むしろ私が信長に心惹かれるのは、
それらを他よりもどんどん推し進める事が出来る「能力」や「バランス感覚」と、安土城などに代表される、新しく奇抜で美しい美術芸術をどんどん取り入れる感覚などです。


戦国時代以外に彼が生まれていて、その能力を最大限に発揮できたなら。
きっと何かやってくれたに違いないと思うのです。
posted by taigon at 19:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

信長の思想 天地人より

今週の天地人。

信長が安土城の屋根にのぼってた。。。
(笑ったのは私だけでしょうか?)


ところで、信長はとても大事なセリフを言いました。


信長さまは何のために戦うのか?と問われ。


今この俺が動かねば、この国の未来があやういからよ
我らが古いメンツにとらわれ動けぬうちにこの国のすべてをもっていかれるやもしれぬ。。。
我が民を守るため、この日の本をひとつにまとめることなど、ほんの足がかりに過ぎぬ


だそうです。

これが天地人の信長の思想のようです。戦いの哲学。

皆さまはどう思われるでしょうか?

我が民っていうのがひっかかるし、それを守るっていうのもひっかかる。


私の感想はまた次回!
posted by taigon at 20:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月31日

吉川晃司とワイン

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直江兼続の活躍がやっと出始めたNHK大河ドラマ天地人。
むしろ、なんてでしゃばりなんだと、この若造めと言われるような雰囲気を作りつつある前回。

次回が楽しみですね〜

さて、信長は相変わらず、魔王っぽく扱われています。
安土城天主が完成してる感じでその中で、ワインを片手にうろうろ歩きまわって、話をする信長。

でも、この構図は少しおかしいかも。
信長が安土の天主に引っ越すのは、天正7年と言われています。
天地人のストーリーでは、この回は天正6年にあたります。
まだ、本丸の方に住んでるのではないでしょうか。

でもって、信長は、大坂やら播磨やらの情勢に忙しい時期です。
のんびり安土城天主でワインを飲みながら、真田の娘と上杉の話などしている状況だったとはいいにくいですね。。。


それはさておき、
絵的には、私はああいう感じの信長はありだなと、感心してみています。
西洋風燭台に沢山の蝋燭を立て並べたり。
ワインを飲んだり。

ただ、キリスト像が気になりますが。。。


posted by taigon at 06:30| Comment(0) | TrackBack(1) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

天地人より 信長は神仏を恐れない?

今日の天地人は、いよいよ手取川の戦いでした。
信長公記にこの戦いはないけれど、史料的判断は別にしたとしても、このドラマでの謙信の闘神的な書き方は相変わらずですね。


ドラマが始まる前に「第六天魔王」信長が紹介されていました。
神仏を恐れない信長。比叡山を焼き打ち。越前一向一揆征伐…

ところで以前に書いた記事「大和は神国にて」
http://taigon-net-rekisi.seesaa.net/article/87733373.html


信長がやったことを考えれば、間違いなく中世的神仏守護者ではなかったでしょう。

ただ、大和で行った政治を詳しく調べると、寺社仏閣の弾圧が非常に少ない。やたらと取り立てもするけれど、安堵もする。

少しずつ力を奪ってはいくけれど、祈ることをやめさせていていない。


祈りを妨げる、後のキリシタン弾圧のようなことをしてこそ、神仏を恐れない行為かもしれないけれど、信長はそのようなことはしない。

戦略としての、敵であり、思想的な敵ではなかったのか?

中世の悪党の方こそ、全く神仏を恐れていない。
http://taigon-net-rekisi.seesaa.net/article/111314285.html
以前紹介したこの本の始めに出てくる悪党たちの行為は全く神仏を恐れません。

是非にこの本を一読してから、もう一度信長の行為も見直してみましょう。
posted by taigon at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月24日

吉川晃司と天地人

今日はべたに大河ドラマネタ。

天地人』がスタートして早、今週末で4回目。
毎回出てくるとは思いもしなかった織田信長。

意外と吉川晃司もありだな、と思うのは、私だけでしょうか?

大河に出る信長は、役所広司のイメージが強すぎて、その後信長でこれって人はいなかったけれど、今回の吉川晃司の何とも言えない、口べたっぽい高慢チキな信長は、ありだなと思ってしまいました。

ドラマの方は、子役の喜平次・与六コンビに、周りのシルバーたちが大絶賛、惚れまくっているのが面白かったです。
大人になった直江兼続(妻夫木聡)始め、他の役どころが、まだまだ中途半端でこれからという感じですね。


このブログは信長をあらゆる角度から考えるものですので、吉川晃司演じる信長の台詞から、ドラマの設定や今後を占ってみましょう。

さて、天地人で信長は桶狭間の勝利を「運(ラッキー)で勝った」と言いましたよね。たしか。ラッキーの理由は、天候だったですかね。

となると、歴史考証的には、「奇襲戦で天才信長勝利」という設定でもなさそうです。

ただ、武田信玄が天下(京)を狙って行軍中に死んだという設定。
それを、上杉家も認識していたという内容。
つまり、戦国大名はみんな天下を狙っていた、と受け取れる設定は、今まで通りごく古典的な時代背景になっていると思われます。


今どきの歴史認識では、本気で天下布武を考えていたのは、信長一人で、他の戦国大名は地方での実力を増して、幕府や朝廷から一定の権限を委譲させ、支配国を増やすのが目的だった。というのが一般的ですね。

実際のところは、信玄が死んでしまったので分かりませんが、もしかすると最後のあの時のだけは京を目指していたかもしれないですね。


大きな軍隊率いずに、個人として、上杉謙信も信長も京にのぼって将軍謁見とかしてるんです。
信玄は不可能だったのでしょうか?なぜしなかったんでしょうね。


それはそれとして、
吉川晃司の信長登場シーンはいつも、薄暗かったり靄っぽかったり夕暮れ時だったりと、魔王を連想させる演出がされています。
義侠心ある爽やか上杉と、魔王信長を対比させている天地人。

実は数年前に、地元紙で『天地人』が連載されていて、全部読みました。
どっちかというと、真田幸村や前田慶次郎、立花宗重など、講談に出てきそうな武将が今後どしどし出てくるはずなので、痛快戦国ドラマとして、去年に引き続き、歴史考証度外視で見て行った方がいいかもしれませんね。

そんな吉川信長の新しい信長像を楽しみたいと思います。



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posted by taigon at 11:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 天地人と信長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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